大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和25年(ワ)1168号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事實〕

原告は、本件公正証書は昭和二十四年七月六日公証人○○○○により作成せられ、同公証人に於て自らこれに署名捺印したものであるが、その際同公証人は同公証人が東京法務局(差出当時は東京民事地方裁判所)に差出して置いた「公証人○○○○之印」と印刻した職印を戦災により紛失したため、未だ届出のない「公証人○○○○」と印刻した印章を使用し、その後昭和二十四年十一月二十六日に至つて初めてこの印章を職印として東京法務局に届出でた。ところで公証人法第二十一条は公証人に対しその職印の印鑑に氏名を自署して所属法務局に差出すことを命ずると共に公証人は右印鑑を差出てない間は職務を行うことができない旨を定めているが、公証人が其の職務を行うに当つては署名は必ず自署することを要し、捺印は必ず一定の届出職印を用うべきことを要求している公証人法の趣旨から考えると、ここに印鑑を差出さない間というのは改印の場合も同樣であつて職印を紛失したような場合、まだ改印届をしない以前は、届出職印以外の印章を用いて職務を行うことはできないと解すべく、同法第三十九条(公正証書原本についての規定)及び第四十八条(同正本についての規定)に定められた公証人の「捺印」も右の届出職印によることを要するのは勿論であるから、從つてこれらの規定に違反して作成された公正証書の原本又は正本はその効力を有しないものと謂はねばならないと主張し、右公正証書の正本に基く強制執行の排除を求めた。被告は公証人法が旧法第十条で公証人がその印鑑差出前にした行為を無効とする旨を定めているに反し、現行公証人法においてこの規定を削除していること、公証人法第二十一条は公正証書の僞造防止並にその判別のための訓示規定と解すべきで、右規定に違反して作成せられた公正証書は有効であると主張した。

〔判斷〕

原告敗訴。

判決は公証人法第二十一条の規定を訓示規定と解し右規定に違反して作成せられた公正証書と雖も、公証人が権限に基いて眞正に作成したものであることが明らかであれば、該公正証書は有効であると判示した。曰く。

「ところで、公証人法第二十一条は公証人に対し、その職印の印鑑に氏名を自署してこれを所属法務局又は地方法務局に差出すことを命ずるとともに、その差出前において職務を行うことを禁じている。この規定は公証人が新に任命され、新に職務を行う場合に関する規定であるが、この規定からすれば公証人法は公証人に対しその届出た一定の職印を使用させようとしていること、從つて公証人は職務の執行に当つて届出職印を使用する義務あることが窺えるので、右職印を紛失したような場合は、新に職務上使用せんとする印鑑を差出した後、その新印章を使用して職務を執行しなければならないものと考えられる。但し、この場合に新に任命された公証人の場合と異り、すでに公証人として職務の執行を許されている者が、偶々職印紛失の事故により新に届出の義務を課せられたものであるから、その届出前に公正証書を作成する等前記義務に違反した効果については之を別途に論じなければならない。抑々公証人法に職印の差出を命じているのはこれにより所属庁が公証人を監督し、又公正証書の僞造の防止、判別等に便ならしめることを主たる目的としているに過ぎないものと解されるから、右届出職印の使用は公証人の職務執行上の義務であるに止り、法が公正証書作成の方式として要求するものでないというべきである。從つて、たとえ、右届出職印と異る印章を用いたり、或は印章を紛失した場合、未だ届出前に新印章を用いて作成された公正証書であつても、公証人が権限に基いて眞正に作成したものであることが明らかであればこの瑕疵のみを以つてその公正証書の効力を否定することはできないものというべきである。……によれば、その捺印に使用した印章は同公証人がさきに所属庁に届出た職印を紛失したため新に作つたものであることが窺はれるが、右印章は公証人法施行規則第四条に則り「公証人○○○○」と刻されてをり、右規則第四条所定の方六分の大さを備えていることを認めうるから、該印章が同公証人の印章であることについては何等の疑を存しない。してみれば、本件公正証書は正規の資格を有する公証人が自己の印章を用いて眞正に作成したもので、唯届出印章の紛失後新な印鑑の届出を怠つていたに過ぎないことに帰するから前記説示に照らし右公正証書を無効となすの謂かない。」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!